『Tweet of Todai Girl』

華月

 未明の戸外に絡まる末端のない糸屑。その一本を爪繰りながら、他に生き残る術を持たない落伍者の過剰な固執を演じる。気まぐれよりも少しだけ高尚だと彼女が信じる、アバンチュールな心の機微が息衝いた抑揚を持ち始めると、指を鳴らして手元を交差させ、乗り換えに成功した暁に思わず微笑をこぼしてしまう幼心の残照に、彼女は安堵する。毛糸なら柔らかい。鉄線なら指を切る。ヴァイオリンの弦なら音階が流れ出す。夜目にはどれも同じ黒い曲線に見える。
 天空から落下した水滴が曲線を抱きしめて丸まった。不思議な引力が働いて、彼女から逃避するように水滴は線上を伝う。乾いた曲線だけが残る。微かに彼女は不機嫌になる。仰ぐと軒先から矢尻のような氷柱が、彼女の喉元を射抜こうと窺っていた。その清冽さにまた彼女は微笑をこぼした。
 曲線は境界を作ることができない。始終彼女は責め立てられる。前後に群棲する霊魂は星芒の反映だった。しかし所詮は、彼女に遵奉する浮薄な残像たちが地を這っているのに過ぎないと、きっと彼女は知悉していた。彼女は同じ自問自答を繰り返す。
 陽が差すと、街は案外に美しい雪渓を浮かび上がらせた。彼女は幕無しの忘我の心地にあった。見知らぬ小人たちが一晩で拵えた天井の下で、牡丹雪の点描画につくづく見入った。夢の中で見る夢のような、特別な実感を手込めにしていた。繰り言ばかりのあの人の間怠さも、今は高恩なことに思われた。
 時刻は先細りの綱渡りのようで、華奢に旋回しながら遥かな闇中の一点に吸引されてゆく。自然の遠大な原理が立ち込めた。街灯が照らし上げる煙突は、屹然とした風采で一筋の亀裂も走らせない。しかし今は曲打ちのリズムを喪失し、虚心に耳をそば立てる殊勝顔をして、ただ乳白色の霧を垂れ込めているばかりだった。俄かに雨気付いた匂いと暁暗の鳴動とが、彼女を鷲掴みにした。道々で飽食したようにしな垂れた曲線は、影を取り払われ手垢にまみれた不潔さを露呈し、山奥の仙境に続く鄙びた手綱に様変わりしていた。彼女は手を離し、時を跨ぐように曲線を跨いだ。

 彼女は慣習的に、カメラの前で数種類のポーズを取った。棄教した直後の背徳的な清々しさと相擁した。たけなわが過ぎてなお懇意に嘯く彼らから、一散に逃げ出したいとも思わなかった。捩れた並木のそばで、彼女は甘やかな波頭が足元で砕ける頃合に、利き足で軽く蹴上げて飛沫を散らす。常に片眼は内側を正視しながら、遠近感の不具が外界の良心を誘引する役目を巧みに果たす。誂え向きの帽子を深々と被り、手足を器用に操って半透明に凹んだ目地をなぞる。そうすれば意味の持たない壁の裏側で、吹き迷う風が生んだ偶然の旋風が巻き上げる粉雪を、彼らと目撃することができる。薄明が人々の顔面を一度ずつ反射して、途中で消えてなくなる。土色の昆虫の曲がった尻尾の先から、粥のように艶光りする汁がどろりと伸びる。彼女の微笑はいつも作り物に見える。