『唐揚げカクテル』

星野瞳

 唐揚げが食べたい。由美は思った。衣ばかりの唐揚げを野蛮な舟盛りにして、薄いチューハイを呷りながらサークルの連中と馬鹿話がしたい。
 嘆く由美の前に並ぶのは、華奢なグラスのカクテルやソースで絵が描かれたプレートで、テーブルについているのはチェックシャツを小粋に着こなす東大男子ではなく、流行りの服に身を包んだ女子大生たちだ。そして彼女たちの面持ちは一様に暗い。
「本当に、配属先どこになるのかな」
 来年就職する会社の内定者同期女子会では、全国にある事業所のどこに配属になるかは既に恒例となった議題である。
「田舎に行かされたら困るな、彼氏とか絶対作れなさそう」
「最近は割と配慮してくれるらしいよ?人事の森村さんが僻地に飛ばされて婚期を逃して問題になって」
「でも結局、転勤になったら旦那についていくかついてきてもらうかっていうのが…」
 就職を控えた現代の二十代女性の最重要懸念事項は、仕事と結婚との兼ね合いに尽きる。総合職に応募する程度には腰を据えて働こうという気概を持つ彼女らにとっても、いやだからこそ、結婚・出産・子育ては当然検討すべき人生の分岐点として立ちはだかる。
「子供、今はそこまで欲しくないにしても、三十歳で急に欲しくなったって作れないわけ」
 ロックグラスを揺らしながら語りはじめたのは、ママになる気配もなさそうなスナイデル女子だ。
「それまでに結婚か少なくとも相手を見つけておく必要があって、それなら今のうちに彼氏は作らないと…」

 店員がチーズフォンデュセットを運んできて、キャンドルに火をつける。揺らめく火の先を眺め、由美はこれまで付き合った男性を数えた。落第を機に学歴コンプを発症し、合否の分かれ目が縁の切れ目となった高校同期。地方での就職が決まるも、それに伴う由美の進路選択について全く会話を持たなかったゼミの先輩。由美はその都度、自分自身の人生のために相手を捨ててきた。一人でなら充分にやっていける、むしろ一人でしか満足に生きていけないと思った。
 それでも、もし一人が寂しくなったら?その頃にはいい男はみんな売り切れだ。一生おひとりさまで良いと言い切る勇気は今の由美にはなかった。とはいえ、からあげクンを買ってついでに箸をもらっておくみたいに彼氏を作ることも難しい。同じ轍を踏まぬためには赴任先や勤務形態の相性がよいかつ東大男子という条件も最低限クリアしなくてはならない。そもそも、今の由美には書くべき論文があり、優先すべき勉強があり、男に構っている暇などなかった。
「ねえ、がんばろう!みんながんばろうね!」
 答えの出ない会合はいつも冗談めかした決起宣言で締めくくられる。そのうち、そのうちなんとかなる、と由美は思う。しかしそれでも〆切は迫ってくる。二十五までに結婚し、三十までに産むのだ。それを過ぎれば後はない。繋いだ手をポケットに入れて歩くカップルの背を追いながら、由美の心はしんと冷えていった。