『エントリーシート』

山川二平

『一生のうちに必ず成し遂げたい夢は何ですか?(200文字以内)』
 そっか。こんな文言と真面目に向き合わなきゃいけない日が、とうとう私にもやって来ちゃったのか。
 経歴をさくさくと入力し終えてこの質問に差し掛かった途端、私の手はぴたりと止まった。
 嘆息するのすら馬鹿らしい気がした。

「真知子もそろそろ本腰入れて就活した方がいいって」
 そう言ったのは理子だった。私は理子と佳澄と、本郷の中華料理屋にいた。
 卑近な場所で、新年一発目の女子会。二人は私の向かいに腰掛けていて、私は一人長い椅子を持て余す。なんだか象徴的だと思った。二人はもう就職が決まっていて、私だけまだだった。
 理子は夏のインターンで某外資系コンサルタントからとっくに内定をもらっており、佳澄もつい最近大手化粧品会社への就職が決まった。
「どの辺狙ってるんだっけ?」
 佳澄が首を傾げるようにして尋ねた。媚びている風でもなく、自然にこういう仕草ができる佳澄のことを羨ましいと思う。特に私たちの大学では希少なタイプ。
「ゼネコンか、建築系のコンサルか。あとは教授に紹介された設計事務所も考えてる」
 二人がうんうんと頷いた。
 理子が杏露酒のソーダ割りを注文し、私もビールを飲み終えたところだったので、同じものを注文した。この三人で集まるときは、安心してお酒が飲めた。理系の私にとって、二人は数少ない貴重な同性の友達だった。
「私、就活大丈夫かなあ。自信ないや」

会話の止んだ折に、ふいと口を衝いてそんな言葉が出た。自分の言葉じゃなくて、ロボットに予めプログラムされた文字列がこぼれ出たようで、言いさま変な気分がした。
「大丈夫だよ。東大女子ってだけで、基本どこ受けても受かっちゃうんだから」
 佳澄が紙おしぼりで口元を拭いながら笑みを浮かべた。二人とも妙に顔がほころんでいた。自分たちの味わった苦悶や葛藤を、ようやく私と共有できることが嬉しいのかもしれない。そう考えると、二人のことが無性に可愛らしく思えた。
「私たちって社会に出たら全然モテなくなるらしいね。やばーい」と佳澄が眉をひそめた。
 百回は聞いたことのあるそんなネタでも、私たちは性懲り無く盛り上がることができた。
「真知子は彼氏と安泰そうでいいなあ。このまま結婚も考えてるの?」
 理子が訊いた。私は裕也の顔を思い浮かべた。付き合ってもう一年半になる。けれど裕也と結婚したり一緒に子育てしたりすることを想像すると、肌に微弱な電流が走るような気持ち悪さに襲われる。これは多分、愛情の問題などではなかった。
 うーん、と私は曖昧な返事をした。

 エントリーシートは一向に進まない。最近の私は、日に日に低レベルになってゆく悩みに頭を抱えているような気がする。
 こう書いたらいいんだろうなっていうのはなんとなく分かる。でもどうしても文字を打ち始められなかった。
 真っ白な長方形の枠の左上で、カーソルの縦棒はいつまでも点滅している。